東京大学大学院表象文化論コースWebジャーナル
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2022.07.05

「だれでもいいだれか」のトポス

福井有人

あらゆる実践が緩やかに研究へと結びつく日々の「習慣」をめぐる野上さんの思索。史料の収集やメモから論文の執筆にいたるまでオンラインの環境に組織化された「生の形式」を、それでもどこか身近に感じさせる谷口さんのエッセイ。展覧会やアーカイヴにおける具体的で鮮烈な出会いを紹介する木下さんのパッセージ──三人のエッセイを読み、わたし自身の研究を顧みたとき、自分に固有のものといえる「トポス」などどこにも見当たらないように思われた、ということを白状しなければならない。「もののやりかた」を言葉によって跡づけ、理解可能なものにしている三人に深く感嘆の念をいだくとともに、わたしはどこか肩身の狭い思いをし、リレーエッセイを引き受けたことを後悔した(木下さん、すみません)。

「もののやりかた」──《「研究のトポス」とは》に確認できるこの語が、もしも« arts de faire »の翻訳であるとしたら、それはミシェル・ド・セルトー(1925-1986)の『日常的なものの発明』第1巻(1980年)のタイトルに由来するものと思われる。わたしが研究対象としている(とひとに言っている)のはセルトーその人で、彼はイエズス会修道士であり、キリスト教霊性史を専門とする歴史家であった。上長からの指令で引き受けた、イエズス会草創期メンバーの一人ピエール・ファーブルの『回想録』の校訂がそのキャリアの出発点である[1]。ジャン゠ジョゼフ・スュラン『書簡集』の批判校訂版の公刊や[2]、68年5月の出来事を「パロールの奪取」とみる現代文化論など[3]、その仕事は多岐にわたる。歴史家といっても、セルトーにはやや哲学者めいたところがあって、きわめて独特なヴィジョンのもとに神秘主義の歴史を(再)構築する野心を有していた。『神秘のものがたり』第1巻(1982年)においてそのヴィジョンは、神の不在ないし喪──イエスの身体の喪失──を基底に置く「願い〔désir〕」によって駆動される言語活動として開陳されている。

現在、わたしが従事しているのは、一般的な分類からすれば作家研究である。セルトーの書いたテクストを収集し、翻訳し、分析し、情報を篩にかけたり比較したりマッピングしたりするのが主な作業となる。ところが厄介なことに、セルトーは読解レクチュールの人なので、彼の書いた本だけを読んでも仕方がない。アビラのテレサや十字架のヨハネ、ロヨラ、フロイト、リジューのテレーズ、デュラスなどを同時に読んでゆく必要がある。もちろん、これ自体が途方もない労力を要求する、本質的に終わりのない作業であるといわねばならない。

そうしたうんざりするような終わりのみえない作業を遂行するうえでまず重要と思われるのが、分類することである。大海のようにだだっ広く、整理し尽くすことなど到底できないように見えるコーパスに、それでも切れ目を入れてゆく。オンラインでアクセスができ、PDFをダウンロード可能な論文については、ラベリングしたうえでGoogle Driveのストレージにまとめておく。電車内など移動中のちょっとした時間に研究論文を斜め読みする程度であればiPadを用いるが、サーヴェイの優先順位が高いものは、基本的には印刷して読む。印刷しコメントやマーカーを書き込んだ論文は、時代や領域名をラベリングしたA4版のクリアファイルに収納しておく。

執筆の準備のために頻用しているのは、罫線が引かれていない無地のノートで、論文の構成や目的、着地点や見失わないでおきたい点、どうしても組み込む必要がある論点などをそれにまとめている。書きかたは、箇条書きだったり文章の形であったりとさまざまである。テクストからの引用の抜粋はEvernoteのノートブックに整理しているが、直接執筆に役立てているのはマテリアルのノートのほうである。これにはなんとなく理由があって、メモをつくるときと実際にひと連なりのパッセージを書き上げてゆくときとでは、わたしたちがメディアに接する際のモダリティ──あるいは気分(dispositions)──が微妙に異なっているように思うからだ。前者のモードに身を置くときは、思考が発散したり、渦を巻いたり、同じところに戻ってこなかったりするほうが執筆において生産的な場合がある。書くことのいい加減さ、融通無碍なところを受け容れてくれるメディアのほうが、「清書」前の段階においては好ましいように思う。例えば、概念やイメージどうしが織りなしてゆく地図のようなものを書きやすいのは、物質的な意味でのノートのほうであろう。こうして複雑さを増して収集がつかなくなりかけたノートから引き算をするようにして、Wordに文章を打ち込んでゆく。ここにいたって、原稿はようやく書き始められる。

どうやら、ここまで述べてきたところで、やはり、ありきたりのことしか書けてはいない。たとえ似たような内容を書くのであっても、わたし以外の誰かのほうが、ずっと有用な情報を提供できたのではないか。自分が身を置いている「トポス」はいたって凡庸で、それを書くこと自体に何か価値があるようには思われない──だが、そうした取るに足らない「トポス」こそ、なによりもセルトーが叙述しようとした場所ではなかったか。特別なことなど何もなく、「わたし」という言葉で殊更に自己を主張し、他者と区別された輪郭を浮かび上がらせようとする意図などどうでもよく見えてくるような場所。しかし、まさにそこでこそ学問的な探究が生じてくるような場所。セルトーはそれを「海」や「浜辺」になぞらえていた。

わたしは、こうして分析という技術の厚みのなかに日常的なものが食い入ってゆく跡をたどり、科学がゆれうごき動揺しはじめるその外縁に、これらの侵食の跡が刻んでゆく裂傷をさぐりあて、そうして科学がずれてゆきつつ共通の場にたどりついてゆく移動の動きを明らかにしたいと思う。その共通の場にいたるとき、「だれでもいいだれか」はついに口をつぐむか、そうでなければ、月並みなことをもういちど(だが、ちがったふうに)くりかえすしかない。わたしのこの務めは、たとえそれが日常的なものの潮騒のざわめきのなかに消えてゆくことはあっても、そのざわめきをなにかの表象によって言い表わそうとすることでもなければ、愚かしい言葉でそれをかき消してしまうことでもなく、いかにしてこのざわめきがわれわれの〔科学的、学問的生産の技術の〕なかに入りこんでゆき──海が浜の窪地にうちよせてくるように──ディスクールがそこから生産されてくる場を再編成しうるか、それをあきらかにすることである。[4]

「日常的なもの〔l’ordinaire〕」からなるこの「共通の場〔lieu commun〕」を、セルトーは「言い表すことができない〔n’est pas dicible〕」という。言い表すことができないといっても、まったくもって語りえないというのではなくて、あらゆるところで口にされているからこそ、つかみどころがなく、どこまで行ってもこれと言い当てることができない、という意味なのだと思う。どこにでも顔を覗かせているからこそ、かえって隠れているように見える(それが神秘である)。だから、セルトーにとって浜辺に佇むことは、語りえない(語り尽くせない)ものを前にしておのずと言葉がつぶやき始め、賛嘆とも恐怖ともつかぬ驚きのなかで「だれでもいいだれか〔n’importe qui〕」のおしゃべりが形を取り始めるのを待ち構えることなのであろう。そのような、文学的でもあれば学問的でもある言語の生じる場所をどこまでも追跡し続けたのがセルトーであった。

そうしてセルトーの言葉は「潮騒のざわめきのなかに消えて〔aspirée par la rumeur océanique〕」、とりとめのない結論を残して去ってゆく。個人的な印象論の域を出ないが、セルトーの書いたテクストはどれも本質的に「未完」であるように思われる。力強い断言やテーゼが見出されないわけではないが、エクリチュールはつねに途上にある雰囲気を保っている。そのテクストの最後の行を読むとき[5]、どこかとり残されたような思いがするのは、わたしだけでないのではないだろうか。このことに気づくとき、わたしのいる「トポス」はけっしてわたし一人の「トポス」ではないということに思い至る。それは、わたしよりも前に通った誰かの言葉が拓いた「トポス」であり、同時に、とり残されたのはわたし一人だけではないということを知るべき「トポス」なのだろう。

2020年2月25日の由比ヶ浜で撮った写真です。

  1. [1]

    P. Favre, Mémorial, traduit et commenté par Michel de Certeau, introduction de Michel de Certeau, Paris, Desclées de Brouwer, 1960.

  2. [2]

    J.-J. Surin, Correspondance, Paris, Desclées de Brouwer, 1966.

  3. [3]

    Michel de Certeau, « Prendre la parole » [1968], in La Prise de parole et autres écrits politiques, Paris, Seuil, « Points Essais », 1994, p. 40-57. もっとも、「先の5月、人々は1789年にバスティーユを奪取したように、パロールを奪取した」(Ibid,. p. 40)というよく知られた一節の含意は、それほど単純ではないと思われる。

  4. [4]

    Michel de Certeau, L’invention du quotidien, 1. Arts de faire [1980], éd. Luce Giard, Paris, Gallimard, « Folio Essais », 1990, p. 18-19〔『日常的実践のポイエティーク』山田登世子訳、筑摩書房(ちくま学芸文庫)、2021年)、58-59頁〕. 強調は原文による。

  5. [5]

    セルトーの生前に出版された最後の著作である『神秘のものがたり』第1巻は次のように結ばれている。「この願い〔désir〕は、もはや誰かに語ることはできない。ものを言わぬ幼児となったかのように声を奪われ、かつてよりも孤独であてどなく、ずっと無防備だが、より根源的な形をとって、或る身体あるいは或る詩的な場所をつねに探し求めているかのようである。それゆえ、この願いは歩むことをやめず、沈黙のうちに跡づけられ、書かれ続ける」(Michel de Certeau, La Fable mystique I, XVIe-XVIIe siècle [1982], Paris, Gallimard, « Tel », 2003, p. 411)。

執筆者

福井有人
FUKUI Arito

博士課程在籍。ミシェル・ド・セルトーの歴史叙述、歴史思想について研究しています。関心のあるテーマは、「記憶」、「群衆」です。

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