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レポート

つながりを示すラインの軌跡「宇佐美圭司 よみがえる画家」展

小林 紗由里

撮影:上野則宏、写真提供:駒場博物館

宇佐美圭司の手がけた絵画《きずな》(1977年)について知ったのは、本作が廃棄処分により消失したという報道を耳にしたときであった。残念ながら、私はそれ以前にこの作品を実際に見ることができなかった。また、画家自身について知る機会も近年少ない状況であったゆえに、本展覧会は宇佐美の代表的な作品とともに、彼の作家活動を概観することのできる貴重な機会であった。

撮影:上野則宏、写真提供:駒場博物館

《きずな》は、4種類の人型とその様々な断片、そしてそれらをつなぐ複数のラインで構成された絵画作品である。これらの人型は、ロサンゼルスで起きたワッツ暴動の報道写真に写された、人種差別に抵抗するアフリカ系アメリカ人たちの姿を抜き出したものである。特定の歴史的背景をもつモチーフを抽象化することによって、モチーフ間の「関係性」そのものに焦点を当てた作品となっている。

《きずな》の再制作を最初に見た際印象に残ったのは、モチーフ間のつながりを表すラインの明瞭さであった。人々の連帯やつながり、あるいはそうした連帯を可能とする社会構造は、時代の変化とともに解体してしまうこともあれば、再び修復することもある。このように、様々なつながりは流動的であり、状況に応じて見えがくれするものだという念頭があったゆえに、この作品ではっきりと図示された関係性の構図は、少しばかり堅苦しい印象を与えるものでもあった。

撮影:上野則宏、写真提供:駒場博物館

しかしながら、本展は宇佐美の制作してきた作品が、こうした静的な印象の絵画だけでは決してないことを教えてくれるものだった。それを示す出展作品のひとつに、《Laser: Beam: Joint》(1968年)の再制作が挙げられる。このインスタレーションは、人型にくり抜かれた複数のアクリル板と、それらをつなぐように放射されたレーザー光線によって構成されている。1968年の展示では、作品の設置空間に入ることができ、人型をつなぐ光線は鑑賞者の介入によって消え、人が立ち去ると再び現れるようになっていた。今回の展示では作品の内部に入ることはできなかったが、レーザー光線は常に見えているわけではなく、ドライアイスの煙をたくと初めて鮮やかに浮かび上がる。こうした光線の明滅は、絵画に引かれた明瞭なラインとは異なり、よりつながりの不確定性を表しているようであった。

撮影:上野則宏、写真提供:駒場博物館

また、本展には《きずな》の制作後に当たる、70年代後半以降の作品も複数展示されていた。《100枚のドローイング No.13》(1978年)をはじめとするこれらの作品は、《きずな》のシステマチックな作風から、より素描の風合いが残されたものとなっている。画面をスタティックに統制していた構造は徐々に解体され、まるで完成形がなく流動的に変化する世界の様態が表されているようでもある。展覧会の初見では、こうした後期の絵画作品の方が見る側により開かれている印象を持った。気のせいか作者の筆跡を目で追いながら、自分も絵画の中に入っていけるような介入の余地を感じたせいかもしれない。

しかし、気安く近づくことが難しい印象を与えるスタティックな絵画の方にしても、作品と現代の鑑賞者をつなぐための新たな視点を考えることで、見え方は異なってくる。たとえば近年、わたしたちは制度的人種差別への抗議運動であるBlack Lives Matterが、米国全土から世界各地へ広がる状況を目の当たりにしてきた。差別に抗議する人々との連帯を強く示すことは、SNSでのハッシュタグをはじめとして、運動の中では必然的な行為であった。このような状況下と宇佐美の生きた時代を重ね合わせて再び作品を見てみると、ワッツ暴動と関連した人型のモチーフを結ぶラインは、強固に描かれる必然性を持った連帯の印としても立ち現れてくるだろう。

そのほかにも、宇佐美の絵画における複雑な色彩設計にはどのような意味合いが込められていたのかなど、今回の出展作品からは様々な問いや気づきを得ることができた。このように本展は、作品が鑑賞され、かつ様々な視点から再考される機会の継続が、芸術作品の社会的な存続にとって重要であることを改めて実感した場でもあった。

撮影:上野則宏、写真提供:駒場博物館

最後になるが、本展の図録[1]には宇佐美についてより知りたい人に有益な資料として、表象文化論コース出身の黒澤美子氏が編集した文献目録が掲載されている。今回宇佐美に関する資料整理に携わる機会を頂いたが、作家のアトリエから拝借した大量の書籍や雑誌を前にして、彼が1960年代以降様々な展覧会に出展し、かつ多様な媒体に寄稿していたことを再確認した。また、作家の関連文献を複写した資料は東京大学駒場博物館に保管されることとなった。今後これらの資料が活用され、宇佐美に関する研究がさらに進むことを期待したい。

  1. [1]

    加治屋健司編『宇佐美圭司 よみがえる画家』東京大学出版会、2021年

Information

宇佐美圭司 よみがえる画家 展

会期:2021年4月28日(水)~8月29日(日)

会場:東京大学 駒場博物館

企画:三浦篤、加治屋健司、折茂克哉

協力:久我隆弘、竹内誠

※一般公開に先立ち、東京大学の学生と教職員のみ鑑賞できる学内公開期間が4月13日(火)~6月30日(水)に設けられた。

 

本展覧会は、画家・宇佐美圭司氏(1940–2012)の活動を概観する試みとして企画された。不用意な廃棄処分により失われた《きずな》(1977年)の再現画像、そして《Laser: Beam: Joint》(1968年)の再制作を含む計10点の作品が展示されたほか、宇佐美が装幀を手がけた本やレコードなども陳列された。また、本展では駒場博物館が所蔵するマルセル・デュシャンの《花嫁は彼女の独身者たちによって裸にされて、さえも》(《大ガラス》東京ヴァージョン)(1980年)も合わせて展示されることで、現代美術における再制作の問題を考察することもテーマのひとつとして示された。

執筆者

小林 紗由里
KOBAYASHI Sayuri

博士課程。近現代美術史・写真史研究。20世紀のアメリカと日本を中心に、美術館における写真部門の発足とその歴史的変遷について研究を進めている。「宇佐美圭司 よみがえる画家」展では補佐として、主に作家関連の資料整理を担当。

Phantastopia 1
掲載号
『Phantastopia』第1号
2022.03.08発行